椿山荘に着くと私が一番乗りだった。ロビーのソファに腰かけて他の2人を待つこと10分、先に現れたのはマイだった。普段、仕事帰りはスーツ姿であることがほとんどだが、今日はミモレ丈のフェミニンなスカートを履いている。

「お待たせ!相変わらず一番乗りだね!」
「今日は誘ってくれてありがとう。でも、良かったの?」
「何が?」
「私とカオリが相手で」
「とーぜん。気の置けない仲間たちが一番だよ」
そう言ってくれる。

「これ、素敵なスカートじゃない」

彼女の纏う、紺地にブルーの花柄のスカートを褒めると

「あんがと。ったくさ、会社出る間際に参与とすれ違ったら、『お、なんだ、婚活再開か』って言いやんの。余計なお世話だって」

気の毒と思いながらも、思わず吹き出してしまう。私は大企業、それもドメスティックな会社に勤めた経験がないので良くわからないが、「参与」と言う役職の人は、きっと年配の「昭和」の人なのだろう。(私の頭の中に浮かんだのは鈴木宗男議員)

「カオ、道間違えたんだって」
「えっ、護国寺からでしょ。間違えようがない気もするけど…」
「護国寺降りて、日大豊山を背にして講談社の前左に曲がったらしいよ」
「それじゃ、うちらの大学に行っちゃうじゃない」
「でしょ。しかもさ、あの子、大学時代茗荷谷じゃなくて護国寺から通ってたんだよ。気づくよね、普通。ほんと、あの子の方向音痴にも困ったもんだよ。よく営業やってられると思うわ」

私たちの間で「鋼(はがね)のメンタルの持ち主」と言われるカオリは、大手企業の営業の第一線で頑張っている。打たれ強くポジティブ、明るく愛想のいい(裏では超毒舌だが)彼女には天職だろう。

「お待たせ~」 
程なくしてカオリが現れた。こちらはいつもの営業ルック。ベージュのニットに紺のテーパードパンツ、その上にオフホワイトのスプリングコートを羽織ってる。
「おー、お疲れ。あんた相変わらず方向音痴だね」
「あはは…。それは否定しない」
そんな挨拶を交わして、ロビーラウンジに向かった。

英国式アフタヌーンティーを初めて取り入れたという噂の椿山荘のロビーラウンジ、「ル・ジャルダン」。桜満開の頃になると昼どころか夜の部も満員御礼、空き席無しだが、蕾がようやく綻んだ頃、しかも夜19時過ぎという時間帯もあり、楽しむ人の姿は疎らだった。

ウエルカムドリンクは、揃ってストレートティーを頼む。すぐに3段式のケーキスタンドが運ばれきた。

うわっ、美味しそう!

3人、パシャパシャとスマホで撮影していると、ボーイさんが「お撮りしましょうか」と声をかけてくださったので、3人で記念撮影。

3段目は「うなぎと山椒のサブレ」「舌平目のエスカベッシュ」「菜の花・生ハム・ゴマブレッドのサンドウィッチ」などのセイボリー 。2段目は3種のスコーン。1段目は「バターサンドクッキー」「桜ムース」「カヌレ」。

「確かさ、3段目から2⇒1、って上に食べてくんだよね」と、何事も下調べの怠りないマイが教えてくれるが、その時にはカオリは最上段のカヌレを頬張っていて、くぐもった声で「マジッ?もう食べちゃったよ。ま、いいさ、お見合いの席でもないからドンマイってことで」と動じない。

女三人で「姦(かしま)しい」。

誰ですか、漢字を見て変な熟語を思い浮かばてる人は。

「姦」は、本来は「喧」と同義で、「やかましい」「騒々しい」の意味。(ある調査によれば、「姦しい」を「めめしい」と読む人が6割を超えているとか。誤読です)

ただ「姦」には「邪悪な謀りごと」という字義もあり、そこから「姦計」「姦臣」、ひいては「強●」
という熟語が派生したのですね。

コース料理と違って、アフタヌーンティーは初めにケーキスタンドが運ばれてくるともう料理は出ない。ひと皿ずつ運ばれるフレンチなどだと、そのタイミングで会話が途切れるものだが、アフタヌーンティーでは、小休止無し、90分連続で「姦しく」話に花が咲く。

カオリの「お見合いの席じゃなし」をきっかけにまず、おしゃべりのテーマは「結婚」「婚活」ネタで幕を開けた。