(マイの場合 その1)
実は、ロビーラウンジで出会ったとき、マイの左手薬指に、それまでしていた指輪がないことに気づいてはいた。が、それを不躾けに正面から質すのもばばかられ、何かあれば彼女の方から話すだろう、と触れずにおいたのだが、そこに頓着なく切り込んだのがカオリである。
「お見合いって言えばさ、マイ、婚活再開?」マイの左手薬指に視線を投げながらそう訊ねる。
会社を出る間際に言われたという参与なる人と奇しくも同じ言い回しに、思わすマイも苦笑しつつ、「…うん…まあ…」そう言い淀んで左手の薬指の指輪のあった位置を右手でそっと触る。
ツヴァイだかサンマリエだかのアンケートで、「気になる異性が左手薬指に指輪をしていたら諦めますか?」というアンケートに、YES、つまり諦める、と答えた人の割合は男性の72%、だと言う。(ちなみに、本題と逸れるが、女性は同じ問いに対してYESは60%だそうだ。昨今は♀の方が怯まないのである)
独身女性が左手薬指にリングをしていることは無くはないが、多くの場合は将来を約束した男性がいるケースで、いわゆる「魔除け」の効用を期待してである。そして、アンケート結果を見る限り、その「魔除け効果」は顕著、と言えそうだ。とすれば、「恋人募集中」なら指輪は外す一択だろう。
マイには、大学時代から付き合い始め、卒業後も数年間に渡って交際していた同い年の彼がいた。学業優秀だったその人は、大学卒業後、とある政府系金融機関に職を得た。そこはその手の金融機関にありがちな、地方の政令指定都市の支店を転勤で異動し(その間少しずつ社内ヒエラルキーの階段を昇り)、最後に本店に戻る、いわゆる「出世すごろくゲーム」の顕著な職場だったそうだ。ヒヨっ子は3年で有無を言わさず地方に飛ばされる。2人が25歳になる年、彼はマイに「伴侶になって欲しい。転勤の辞令が出たら、一緒についてきてくれないか」と求婚した。
マイはその時、傍から見ていて心配になるほど思い悩んだ様子だったが、最終的には首を縦に振らなかった。ちょうど自身の仕事が面白くなりかけてきた時期で、自分のキャリアを犠牲にして専業主婦になる、という選択肢は有り得なかった、と後に言った。
その人と別れて暫くは落ち込んでいたマイだが、やがて彼女はそれまで以上にバリバリ働くようになった。元々地頭(じあたま)も私たちの中で群を抜いて良く、リーダーシップもとれる彼女が職場で欠くべからざるエース級になるのに時間はかからなかった。
そうこうしているうちに、女にとって1つの節目である「30歳」という年齢が近づいてきた。職場には、これと言って惹かれる異性も居ず(「良いなと思う人はみんな既婚者」と嘆いていた)、再来年は大台、という歳に、彼女は婚活戦線に参戦した。
マイは述懐する。
「結婚なんて、その気になればすぐに出来る、って高をくくってた。私がこの人でいいや、と選べば無条件にゴールできる、と。でもそれは傲慢だったよ。丸2年近く、あれこれやったんだけど全く成果なし。婚活イベントも時間をやりくりして参加した。『一にも二にもマメさが肝心』って言うから、仕事が終わってのんびりしたい気持ちに鞭打って、毎晩、一生懸命考えたメッセージを送った」
しかし伴侶たりうる男性とは巡り会えなかった。しかも、彼女にとって(そして、同い年の我々友人達にとっても)ショックだったのは、マイがあれこれ注文ばかりつけて選り好みをしていたのではなく、交際がうまく行きかけても、先方の男性から断られて関係が終わることだった。
いわゆる姉御肌である彼女は、相手の収入など気にもせず、「何ならあたしが食わせてあげる」と常々言っていたし、学歴だって、ルックスだって高望みをしていたわけでは決してない。「健康なこと、思いやりの心があること、私の両親を普通に大切にしてくれること、私より1ミリでいいから背が高いこと(彼女の身長はごく平均的な157、8cmである)」
その程度の希望だから、大抵の男性は「書類選考で不可」にはならない。なのになぜ…
その頃彼女はマッチングアプリを利用していたため、ゴースティング(ある日突然連絡が取れなくなること)も度々あったようだが、律儀に「終わりにしたいその理由」を言ってくれる人も中には何人もいて、それが揃って「僕には荷が重い」「君と僕とじゃ釣り合わない」というものだったらしい。
道行く人が振り返るような美人、というわけではないが、聡明さと意志の強さが窺える顔立ち。相手企業の役員が並ぶ前のプレゼンでも怯むことの無い度胸の良さ。そして、後で詳しく述べるが、彼女の属性も災いした。
婚活市場の恋愛慣れしていない男性たちは、ある意味、マイに怖気づいたのである。
そして、彼女の心がへし折られる事件があったのは、あと数ヶ月で大台、という20代最後の年のことだった。
コメント
コメント一覧 (1)
興味深くリラックスしながら、それこそアフタヌーンティーを楽しみながら読ませていただいております
貴殿のblogの1ファンです
ドラマのような見事な展開と続きが気になり次が待ち遠しい短編作品が素晴らしいと思います
次号が不定期なところもまたとても魅力的です
これからもよろしくお願いします 毎回楽しみにしております
misato20aug
がしました