※一部、セクシュアルな表現があります


読む方にはもどかしい思いをおかけして申し訳ないが、「20代最後の歳にマイの心をへし折った出来事」の件は、ちょっと横に置いておく。

マイはおもむろにトートバッグから付箋の貼ってある単行本を取りだした。  

「なあに?」
「婚活の指南書」
「いい事が書かれてる?」付箋を顎で指し、カオリが聞く。後で詳しく述べるが、結婚をとうの昔に諦めたカオリは、そうは訊ねたものの、大して関心を示す様子でもない。

「違う違う。みんなで笑おうと思ってさ」

マイによると、ブックオフに立ち寄った時、「思わず目が合って」購入したと言うその本は、真面目なアドバイスもあるものの、随所に笑える箴言もあって「ネタとしても楽しめる」代物で、今回私たち2人に紹介しようと持参したのだと言う。

どれどれ、と受け取って最初の付箋を貼られたページに目を通したカオリは「何これ!」の素っ頓狂な声を上げて弾けるように笑った。

ボーイさんがチラリと視線を飛ばし、それに気づいたカオリはチロリ、と舌を出し首をすくめた。

わけが分からない私がどうしたの?とたずねるとカオリがそのページを開いたまま私に見せる。

「婚活パーティーの鉄則。『野心見せるな肌見せろ!』」 
思わずわたしも吹き出した。

婚活パーティーのフリートークで男性に引かれるのは、伴侶としての経済的安定度を把握したいために、やたら収入や勤め先の規模、実家の両親の暮らしぶり(持ち家か賃貸か、持ち家ならマンションか戸建てか、戸建てなら土地の坪数はどれだけか、父親の勤務先はどこか等々)を根掘り葉掘り訊く♀で、もはやそうなると♂からはコバンザメにしか見えない、という。ここで言う「野心」とは、その「もたれかかり」指向を言うのだろう。

「肌見せろ」については、本はこう煽る。

「婚活パーティー向きの服装とググると『清楚』『上品』などのキーワードばかりが並ぶ。『花柄ワンピースに紺のカーディガンが鉄板』とあるが、そんな格好で行っても埋没するだけ。もっと攻めよう!」

曰く
「デコルテに男の目は眩む」「あなたが20代なら膝上丈のスカートで。30超えたら履きたくても履けないぞ」「ボトムスがミモレ丈のスカートなら、トップスはノースリーブ必須」「冬はバストを強調するリブ編みニットのタートルネック一択」

「ただし…」と筆者は釘を刺す。

「胸の谷間は婚活パーティーでは見せちゃダメ。初対面の時から谷間を誇示していると『下品』『遊んでそう』とスタンプを押される。切り札はデートにとっておけ。切り札は最後に使うから切り札なのだ」 

思わず失笑しながら
「これ、真面目な本なの?」
と訊ねると
「半分はジョークなのかな。でも真理は突いてるよね」
そのマイの言葉に、うんうん、と頷く私とカオリ。

次の付箋。
「男は『人一倍エロいけど、経験人数は少ない女』を望んでいる」
私にしか聞こえないような抑えた声量で小声で読み上げたカオリは手で口を抑えて「クックッ」と笑う。

いやまあ、それはそうだろうけど、そんな都合の良い女がいるのか。

(この出合い系サイトでも「エッチは好きですが身体目的の方はお断りします」が一番受けのいいプロフィール文言だ、と言うのは♀会員の間で共有されているが…)

「男ってほんと、幼稚で身勝手!」そう言って3人で笑う。

「そう言えばさ」
何かを思い出したカオリが
「ネット上で目にしたんだけど、『男に経験人数訊かれたらこう答えろ』みたいな記事があってさ」話題が話題だけに、身を乗り出して一層声を低めて言う。

「『年齢を10で割って、小数点以下切り捨て』が望ましいんだと」

えっ、ってことは、20代なら2人、30代は3人?
それって…

驚いてカオリを見ると
「いやいやいやいや…あくまでもそう答えろって話よ。『そうであれ』じゃない」

…だよね。

中学時代の友人たちと違ってこのメンバーでその手の話をしたことはないが、上の「数式」で導き出された値が現実離れしてるのは3人とも口に出さずとも以心伝心。

(ちなみに集英社の雑誌「MORE」のアンケートでは30代♀の平均経験人数は5.8人。相模ゴム工業の調査によれば7.1人。もちろん、これらのアンケートや調査も、統計処理を専門にしている私から言わせれば穴だらけだが、上の数式で導かれる値が実相とかけ離れていることは容易にご理解いただけると思う)

「ふうん、ゼロが喜ばれるわけでもないんだ」そうマイが交ぜっ返す。

「うちら男じゃないから分からんけど、なんか『重い』とか思うのかね」
「そういうことが嫌いなんじゃないか、とか?」

「かしまし娘三人組」の婚活談義はまだ続く。